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松倉城と馬の足跡岩

2012.08.13

岐阜県高山市上岡本町1丁目
岐阜県高山市千鳥町1111   

松倉城址への道は「飛騨の里」から車で山道を1,5km登り峠の広場から徒歩で700mほどの場所にあります

飛騨松倉城址

 岐阜県高山市上岡本町1丁目590 

北緯

36

07

18.0

東経

137

14

14.2

飛騨の里のテディベア駐車場手前から「松倉城址遊歩道」の石段を登ると数百mほどで見えてきます。

峠の広場
左の階段が「松倉城址」への山道です

石垣の本格的な城郭建築
本丸を中心に土塁でなく、石垣で大手門、二の丸、三の丸を作った本格的な城郭建築であったそうです。

              史跡松倉城
 応永年間、三木正頼は南飛竹原郷におこって益田郡を横領し、数世の後自綱(よしつな)にいたって高山盆地に侵入した。
 天正七年(1579)、松倉城はこの自網により築かれたものである。
 天正十年(1582)、八日町の一戦で強豪江馬輝盛を倒すと、鍋山城主広瀬宗域らを次々に倒して、飛騨全土を平定した。
 この頃、自網は、越中の佐々成政に通じて秀吉に従わなかったので、天正十三年(1585)秀吉は家臣金森長近に命じてこれを撃たせた。
 自網は高堂城に向かえて戦って破れ、秀網は松倉城によって死守した。
 しかし、勇将畑安高が(山城宗次に)討たれ、また藤瀬新蔵が裏切って金森に通じ、闇夜に火を放ったので城は落ち、三木はここに滅び、以後長く廃城となった。
 城は本丸、二の丸、三の丸の面影を残し、飛騨における有数の城址である。
 昭和31年11月14日、県の指定史跡となった。
                      (飛騨の里 登り口 説明版より) 

堀 切(空堀)

500mほど登ると城址の痕跡が現れます

本丸手前から砦跡の石垣が現れます。

搦手(からめて)門跡

南石門の跡

本丸跡の広場が見えてきました

本丸跡の石垣

本丸跡(松倉山山頂 標高856m

                史跡「松倉城址」
 三木良頼(よしより)、自網(よしつな)によって、永禄年間(1558〜)から天正年間中頃(1573〜)にかけて築城された。
 三木良頼は永禄元年(1558)長子良網(自網)を将として、天神山城(後の高山城)の高山外記(げき)と畑佐城(新宮町)の山田紀伊守(きいのかみ)を討った。
 三木良頼は天正五年(1577)中山城(下岡本町)の岡本豊前守(ぶぜんのかみ)を討ち、白川郷を除く一円を支配し、桜洞(益田郡萩原町)を冬城に、松倉城を夏城とした。
 松倉城は山城ながら山上の本丸に矢倉(やぐら)、城門を置き、標高856mの松倉山上に巨石を使って、堅固な石垣を築き上げている。
 戦国末期の山城から一歩前進した雄大な縄張り(なわばり)を持つ城である。
 天正十三年(1585)金森長近(かなもりながちか)、可重(ありしげ)父子に攻められて落城し以後廃城となった。
                            (高山教育委員会)

城址から北方を
国道158号(白川街道)沿いにある「崇教真光本部」や「松倉中学校」遠くに「飛騨総合庁舎」などが見えます。

松倉城落城秘話の「馬の足跡岩」は松倉山の反対側のアソシアホテルから「リスの森」へ向かう道中にあります。

「馬の足跡岩」と
松倉城落城秘話

 岐阜県高山市千鳥町1111

北緯

36

06

59.5

東経

137

14

39.9

アソシアホテルから「リスの森」へ向かう道中約1.5kmほどの左側にあります。

道路の左側に案内板が見えてきます。

岩の上に特に「馬の足跡」は確認できませんでした。

            松倉落城の秘話「馬の足跡(岩)」
 振り返り見上げる松林の峰が、飛騨国司姉小路(あねがこうじ)中納言三木左京太夫自綱(よりつな)の居城「松倉城址」である。
 天正十三(1585)年旧暦八月、豊臣秀吉の命を受けた金森長近・可重父子は、合崎山を本陣と定め松倉攻めにかかったが、自綱の息子秀綱が籠る城の守りは固く、攻めあぐねていた。
 そこへ、三木の家臣、藤瀬新蔵の裏切りによる放火があり、秀綱以下が慌てふためくところ、「頃やよし」と金森勢は、鬨の声をあげ攻めた。
 城方は散々の体にて落城となり、猛火の中、城を最後まで見届けた総大将秀綱も「もはや、これまで」と、愛馬にまたがり一気に飛び降りた。
 それが、この岩上であると伝えられている。
 その後秀綱は、平湯から安房(あぼう)を越え、信州福島興禅寺の伯父、桂山和尚を頼って身を寄せようとするが、途中郷民の手にかかって、あえなく落命した。

 馬の足跡が残るこの巨岩は、四百余年を経た今も、山仕事や松倉観音参詣に行き来する人々に、秀綱を哀れむ松倉落城の秘話として語り継がれ、更に、この足跡を踏み締めれば足腰が強く、丈夫になると言い伝えられてきた。

 昭和六十三年夏、折りしも大規模林道開設により、この足跡岩が埋め捨てられることを知った里人は、ことは重大であると高山市に陳情したところ、市の好意により、この地に飾り据えることとなったものである。
                        (昭和六十三年秋 「松倉馬の足跡」保存会)

松倉山856m
松倉城址のある松倉山へは国道41号へ下り「飛騨の里」から車で約1km登ります