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2012.08.13

岐阜県高山市千鳥町1111

高山財界の故 中田金太氏が私財をつぎ込んだ豪華絢爛な「まつりの森」をご案内します。

「まつりの森」
山の中にある

広い駐車場とずらりと並んだ土産物店の一角に地中ドームへの入口があります

地中ドームへ入る入口は?

この辺りから山中になります

150年ぶりの祭り屋台と日本初の地中ドームはこうして生まれた。

                 150年ぶりの祭り屋台
 高山祭を全国的に有名にしているのが、国の重要民俗文化財に指定された豪華絢爛たる祭屋台です。
 現在引き継がれている23台は、江戸時代末期までにつくられました。
 そして、およそ150年ぶり施主 中田金太が私財を投じて平成の屋台8台を新造しました。
 この「平成屋台」には「飛騨の匠」と呼ばれる宮大工衆を筆頭に、高山の一位一刀彫、富山の井波彫刻、高岡の彫  金、石川の輪島塗、京都の西陣織など日本を代表する伝統工芸がふんだんに盛り込まれております。

                 地中ドームにした理由
 永く保存できる屋台蔵として、日本で初めての地中ドームがこの地に設けられたました理由は、地中空間は紫外線、 電磁波、放射能などから「平成屋台」を保護し、また強固な岩盤の中にあるので、地震などの災害時にも安全です。
 そして、地表から離れている事により、天候の影響を受けにくく、天然の状態で木製品や漆器などの美術品を保存す るための最適な環境を保つことができるのです。
                              (展示説明板より) 

地中ドームの様子

ではメインホールから80mアプローチへ入ります。

                 高山祭
 飛騨高山の代表的な例大祭である、日枝神社の春祭(山王祭)と桜山八幡宮の秋祭(八幡祭)は、日本の三大美祭の一つとして「高山祭」の名で知られています。
 この2つの祭りの大きな特徴は、日光東照宮の陽明門にもたとえられる華麗で精巧な装飾がほどこされた、春は12台、秋は11台の祭屋台が曳き揃えられことです。
 この祭屋台の創建は江戸時代中期の享保年間といわれ、江戸時代の末期の文化・文政年間に、ほぼ現在の形が整えられ、その後、幾度かの改修が行われて現在に至っています。
                        (展示説明板より)

春祭ー山王祭 例大祭 4月14・15

  • 神楽台(上一之町)
  • 三番叟(上一之町) - からくりあり
  • 麒麟台(上一之町)

  • 石橋台(上二之町、神明町) - からくりあり

  • 五台山(上二之町)

  • 鳳凰台(上二之町)

  • 恵比須台(上三之町)

  • 龍神台(上三之町) - からくりあり

  • 崑崗台(片原町)

  • 琴高台(本町1丁目)

  • 大国台(上川原町)

  • 青龍台(川原町)                 以上12

(画像・説明文は展示説明板より)

秋祭ー八幡祭 例大祭 10月9・10

  • 神楽台(八幡町、桜町)
  • 布袋台(下一之町) - からくりあり
  • 金鳳台(下一之町)
  • 大八台(下一之町)
  • 鳩峯車(下二之町)
  • 神馬台(下二之町)
  • 仙人台(下三之町)
  • 行神台(下三之町)
  • 宝珠台(下三之町)
  • 豊明台(大新町1丁目)
  • 鳳凰台(大新町1、2、3丁目)   以上11

(画像・説明文は展示説明板より)

日本一の平太鼓
メインホールの世界一の和太鼓と同じ大きさ(径2.67m)の平太鼓です。

地中ドームへの全長70mのアプローチには精巧に製作された屋台がずらり。

現存する屋台全17台
(縮小=1/3)

70mのアプローチに11台の屋台が陳列してあります。
1.宝珠台
2.仙人台
3.金鳳台
4.鳳凰台
5.神馬台
6.鳩峰車
7.布袋台
8.豊明台
9.行神台
10.大八台
11.神楽台

突き当りのドームに八台の屋台がずらり
1.神楽台
2.金鶏台
3.臥龍台
4.金時台
5.福寿台
6.龍虎車
7.力神台
8.竜王台
(説明文は展示説明板より)

                 祭屋台とは
 神々は、最初、天界に近い山上に祀られていましたが、人びとは神々に感謝と祈りを捧げるとき、
 自分たちの生活の場である平地に神々を迎えました。
 このとき、人びとは神々が地上に降り立ちやすいようにと”形(依)代”という臨時の宿を平地に用意しました
 これが”祭屋台”の原型です。
 したがって、”屋台”や”山車””曳山”が参加する祭行事は、神社ができる以前のもっとも古い信仰の形を伝えるものなのです。
                        (展示場説明パネルから)

 

1.宝珠臺

 

2.仙人臺

 

3.金鳳臺

 

4.鳳凰臺

 

5.神馬臺

 

6.鳩峯車

 

7.布袋臺

 

8.豊明臺

 

9.行神臺

 

10.大八臺

 

11.神楽臺

 

見学者が操作できるからくり人形

花振り唐子

ちゃっぱ唐子

釆(ハン)振り人形

鈴持ち唐子

 

彫り物

 

屏 風

重文の輪島塗

重要文化財・無形文化財の祭り

 古の人びとの生活に根ざし、人の温もりや心意気を現代に伝える民族文化財。
 その中でも庶民の生活と切り離せない信仰、習慣や芸能などが多くの要素に含まれているのが「祭り」です。
 日本全国に存在する「祭り」は数え切れないくらいありますが、このなかでも有形・無形文化財に指定されているのは、わずか20あまり。
 中でも有形・無形文化財に指定されているのは6大祭です。
 ここに展示されている輪島塗金蒔絵屏風に描かれている「春と秋の高山祭」「秩父夜祭」「京都祇園祭」「越中高岡御車山祭」「日立風流物」は重要文化財に指定されている「祭り」で、ともに”祭り山車(屋台)”が曳行される代表的な祭礼行事として、全国に知られています。

輪島塗蒔絵屏風

 この六曲屏風は輪島塗で仕上げられています。
 輪島塗の歴史は古く、すでに鎌倉時代から能登地方で使われていました。
 輪島塗の漆器は丈夫なことで知られています。
 その秘密は漆の重ね塗り。
 祭りの臨場感を出すために漆を厚く高く盛り上げる肉合蒔絵の技法はここから生まれました。
 更に沈金の技術を駆使して、屋台や背景には金粉、プラチナ粉、貝(らでん)などをふんだんに使用しています。
 この屏風の新しい試みは、ゆがみを極力少なくして半永久的に保存できるように素材にカーボンファイバーを使用していることでしょう。
 航空機にも使用されている最新の素材と伝統工芸の技の合体で、この屏風は出来上がっているのです。

(高さ1.74m 幅 3.78m)

 

京都祇園祭

京都祇園祭

祇園祭は八坂神社の祭礼で、応仁の乱で中断した後、
京都の実権を握った町衆(富裕な商工業者)の手で再興され、江戸時代初期には山鉾も華麗な装飾がほどこされ大型化しました。
長刀鉾を先頭に月鉾、孟宗山、綾傘鉾など32基の山鉾が、”コンチキチン”の祭囃子とともに京の都の山々を背景に並びます。

(展示説明板より)

 

越中高岡御車山祭

高岡御車山祭

高岡御車山祭は、初代加賀藩主前田利家が豊臣秀吉から拝領された鳳輦(ほうれん)車を
関野神社の春祭に使用したのがはじめと言われています。
御車山は御所車形式に鉾を立てた特殊なもので、高岡町民の心意気と財力に支えられ、
格式を保ち高岡の金工、漆工、染織等の優れた工芸技術の装飾が車輪や高欄、長押(なげし)等に施された日本でも
屈指の華やかな山車で、春祭りにふさわしい霞のような桜を背景に7基「山車」が曳き揃えられたいます。

(展示説明板より)

 

日立風流物祭

日立風流物祭

日立風流物祭は、日立宮田村神峰神社の春の例大祭で徳川光圀の命で笠鉾が曳かれたのがはじめです。
このとき、神峰山頂の奥宮から神霊を花鉾に移して里に迎える神事が行われた後、
唐破風造りの華麗な五層の城郭をかたどった4台の風流物が巡行され
現在の神峰公園でカラクリによる人形芝居が奉納されます。

(展示説明板より)

 

秩父夜祭

秩父夜祭

秩父夜祭は、日本三大曳山祭(京都祇園祭、飛騨高山祭)のひとつとして知られ、
寛文年間(300余年前)に既に始められており、笠鉾2基、屋台4基がけん引されます。
 笠鉾は神道民俗の要素を備え、屋台は左右に芸座を出すと歌舞伎の舞台となり、
秩父屋台の最大の特徴のひとつです。
屋台では曳き踊り、屋台芝居が行われます。
夜は、無数の提灯を点け不夜城と化した六基の山車がお旅所に曳き上げられ、斎場祭が行われます。
この間無数の花火が冬の空に舞い、絢爛豪華な絵巻がくりひろげられます。

(展示説明板より)

 

春と秋の高山祭

 

 

刺繍幕

 この豪華な竜の刺繍幕は、緋羅紗地(ひらしゃじ)に群青(ぐんじょう)と緑青(ろくしょう)
の色糸に金糸を交えた刺繍が施されています。
 今から約200年前の文化四年(1807)三月、高山市上三之町下組(竜神代組)が新調して、屋台の中段幕として使用したものです。
 当時の屋台は、現在の屋台と比べて中段が低く、下段が高い構造になっていました。
 その後にこの幕は明治14年(1881)、古川町一之町下組(麒麟=きりん、台組)が譲り受け、大正十三年(1924)まで使用されました。

ではアプローチからドーム内へ入ります。

平成屋台

「まつりの森」ドーム内には八台の山車が展示されています。
1.神楽台 2.金鶏台 3.臥龍台 4.金時台 5.福寿台 6.龍虎台 7.力神台 8.竜王台

順次紹介します

1.神楽臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長3.12m 幅2.2m 高さ (最高)6.06m (最低)5.07m

神楽台[Kaguratai]

 神楽台は「道行き」の囃子を奏でながら常に祭り行列の先頭を務める屋台です。
 最新のコンピューター制御によるからくり人形が上段に吊られた直径80cmの大太鼓を叩き、 力強く行列の開始を告げます。
 下段の彫刻は、北アルプスの山々を背景に子供たちが戯れている様を彫り上げたもの。
  黒漆と金色の飾り金具の色彩が絶妙の美を醸し出しています。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

神楽台(平成7年2月創建)
「道行き」の囃子を奏でながら常に先頭を務める屋台。
上段に吊られた直径80cmの大太鼓が力強く行列の開始を告げます。
下段は回廊式で和童子の遊びをケヤキ白彫りで配し、金地金具付の四輪外御所車が本体を豪華に引き立てています。
(現地パネル説明板より)

画像なし

 

2.金鶏臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長4.2m 幅2.32m 高さ (最高)7.65m  (最低)6.12m

金鶏[Kinkeitai](平成3年6月創建)

 鶏は伊勢神宮の神鳥とされていますが、ここでは雄雌と3羽の雌で、鶏の持つ「文・武・勇・仁・信」の5つの徳と「家内安全」「夫婦和合」「子孫繁栄」という理想的な家族の姿を表現しています。
 下段と欄間には”籠彫り”という素木(しらき)彫りの妙技が駆使され、見る人の目を楽しませています。
 また、見送り幕の「金鶏牡丹図」は、最高級の本絹糸と本金糸で織り上げたものです。
             (説明文は「まつりの森」HPから)

                 めでたい見送り幕
 屋台の後ろに掛けられた見送り幕には雄雌2羽の鶏と、3羽のひな鶏が伝統的な幕刺繍で描かれています。
 五羽をもって鶏が持つとされる「文・武・勇・仁・信」の5つの徳を象徴し、また夫婦と3人の子供の組み合わせは家族の理想で、「家内安全」「夫婦和合」「子孫繁栄」を表しています。
  台の上に立つ雌雄の姿は勇ましく、その暖かいまなざしを家族に注がれ、平和な家庭を表現しています。
                             (現地説明板より

 

3.臥龍臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長4.0m 幅236m 高さ (最高)7.67m  (最低)6.72m

           臥龍台[Garyutai](平成6年2月創建)

高山市の南に隣接する宮村の天然記念物「臥龍桜」にちなんでの命名です。この屋台は黒を基調としていますが、飾り金具や彫刻などの補飾が工夫されているので、地味ながら、他の屋台と比べても決して見劣りしていません。見送り幕は”五爪龍(5つの爪を持った龍)”が天界に昇るという最高の吉祥図が、刺繍でなく綴れ織りで描かれています。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

映画「風の絨毯」の主役の見送り幕です
日本・イラン合作の映画で三国連太郎、工藤夕貴、榎本孝明などが出演しました。

彫刻の見事さ豪華なと彫金の素晴らしい車に注目

 

4.金時臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長4.4m 幅2.64m 高さ (最高)10.0m  (最低)7.15m

金時[Kintokitai](平成8年5月創建)

 施主中田金太氏の「大人だけじゃなく子供にも楽しめる屋台を」という思いから命名され、昔話の”金太郎”をモチーフにした装飾が随所にほどこされています。
 この屋台の大きな特徴は四層構造。
 どっしりとした重量感にあふれています。上段のからくり人形は名古屋の人形師・初代萬屋甚兵衛の作。
 コンピューター制御によって上演されます。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

来館した子供達も飽きさせないように、からくりは「金太郎の熊退治」

見送り幕は「鯉の滝の昇り」

 

5.福寿臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長4.1m 幅2.44m 高さ (最高)7.6m  (最低)6.49m

福寿Fukujutai](平成9年3月創建)

 古くから日本人に親しまれている七福神をテーマにとりあげた屋台で、下段腰彫刻には七福神と唐子のケヤキ一木白彫りの大作が取り付けてあります。
 見送りは大黒様に米俵、唐子の吉祥図で、綴れ織り地に本金糸刺繍が施してあります。
 大名の「福寿台」は七福神の福禄寿を総称したもので、不老長寿の願いが込められています また上段の寿老人と唐子のからくり人形が上演されます。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

幕も彫りも素晴らしい

                  七福神の刺繍幕
 屋台の中段には、古くから、幸福を招く神様として日本人になじみの深い七福神の刺繍が張ってあります。
 手前が弁財天の奏でる琵琶を聴く布袋と福禄寿、反対側には、毘沙門天の漕ぐ小船に乗る恵比寿tp寿老人が唐子たちと共に描かれています。
 又屋台の後ろに吊られた見送り幕には、「大黒天に米俵と唐子」おめでたい、吉祥図が用いられています。
 これらの刺繍幕は、日本と中国・杭州市の伝統技術保存者たちが、互いに技術を併せ、共同で製作したものです。
                             (現地説明板より)

 

6.龍虎臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長3.43m 幅2.4m 高さ (最高)7.85m  (最低)6.4m

龍虎[Ryukotai](平成10年2月創建)

 平成の屋台としては初めて、三輪車構造としたもので、直径1.73mと、これまでにない大きさの御所車を取り付けてあります。
 また、台輪部分に獅子の輪島塗高蒔絵を施してあるものも屋台では初の試みで、本屋台を大きく特徴づけています。
 腰廻りには、台名に因んで竜虎の図に風神、雷神の子供の図柄を盛り込んだケヤキ一木彫りの大作が組み込まれています。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

画像なし

 

 

7.力神臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長4.42m 幅2.72m 高さ (最高)7.92m  (最低)6.52m

[Rikijintai](平成11年7月創建)

  平成10年5月に着手し、平成11年7月、約1年5ヶ月を費やして完成された。
 この屋台は、日本の特技である相撲をモチーフに制作されたもので、彫刻、見送り、金具等、相撲にちなんだ数々の装飾が施されている。
 日本書紀によると、今から約1300年前、大和の国(奈良県)の豪傑「当麻蹴速」と、出雲の国(島根県)の強者「野見宿禰」がその年7月7日に力比べをしたのが相撲の起源とされており、本屋台もそれにちなんで7月の完成とした。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

                力神台
 この屋台は、日本の特技である相撲をモチーフに制作されたもので、飛騨出身の伝説的な力士{白真弓」の錦絵を特殊な技法で刺繍した「見送り」幕や、相撲技四十八手の彫刻をはじめ、蒔絵や金具が施されています。
 なかでも行司軍配を型取った擬宝珠は、黒漆塗金梨地の上に玉虫の羽を貼り詰めた豪華なものです。
                    (現地パネル説明板より)

画像なし

 

 

竜王臺


(画像は「まつりの森」HPから)

全長6.5m 幅2.75m 高さ (最高)7726m  (最低)6.68m

竜王[Ryuoutai](平成13年7月創建)

 平成11年3月に着手し、平成13年6月、約2年3ヶ月を費やして完成された。
 この屋台は、平成屋台製作のなかで8台目となる屋台にあたる。
 従来の高山形屋台に船山車を取り込んだ、新形式の屋台で、下段回りを船形にしているため、屋台全長も6.5mとこれまでにない大きさになっている。
 台名にちなんで船首には、極彩色の龍頭の彫り物を施しているが、胴を水押しに巻き付け、真っ先を見つめるその様は、まさにこの屋台の威厳を誇示するかの様である。
                  (説明文は「まつりの森」HPから)

中田金太氏は幾らお金を掛けたのしょう?

船首の見事な彫りと飾り

 

日本一の神輿

約2年の歳月をかけて完成

 1995年春、滋賀県野州町辻町の錺具師「酒井 清」氏(73歳)に制作依頼し、1997年8月、その間約2年の歳月をかけて完成しました。
  全体の形は、高山以外ではあまり見かけない八角形です。
 これは、古来、天皇が朝廷の重要な儀式で使用する王座・高御座をかたどったものと言われています。
  江戸浅草三社祭の御輿の約3倍の重量を誇る御輿は飛騨、木曽特産の総檜造りです。
 本体は朱、台は黒の本漆を何回も塗り重ね、本漆塗りの各部材に深彫りの金地金具を豪華絢爛に配し、宝珠や瓔珞などの飾りは金のつや消しメッキと金箔が絶妙に配置され、大きさ・豪華さ共に「日本一」を誇り、錺り金具はもとより木地から塗り、彩色に至るまで、平成の技術が総結集されています。
                         (現地説明板より)

 

日本一の大太鼓

        「かつてない音」にこだわった世界一の大太鼓

 最も大きい太鼓の直径は、皮を張った部分で7尺(2m12cm)、中央部でなんと9尺(2m73cm)、重さ4.5tあります。
 1本の木をくりぬいた 太鼓としては世界一の大きさを誇ります。
 原木はブビンガ。亜熱帯地方に生える広葉樹です。
 別名「鉄の木」と呼ばれ、木目が込んでとても堅く、水に浮かないことでこの名前がついたと言われています。
  日本でも古くから中国などから輸入され、「唐木」の一種として、木目の美しさを生かした細工物などに加工され、珍重されてきました。
  しかし、これだけ大きな太鼓を造ることのできる原木は簡単には見つかりませんでした。
 世界各地を2年がかりで探し、ようやくアフリカのカメルーンの奥地で 直径3メートル、高さ50メートルの巨木を発見することができました。
 また、太鼓の皮も、継ぎ目ができないよう特別に大きく育てられた和牛、丸1頭分もの 皮を両面に使用しています。
 これらの太鼓を男女2人のかわいい童のからくり人形が、勇壮に打ち鳴らし、世界一の音色と響きを味わっていただけます。 またアプローチ通路には、同じ原木 から造られた平太鼓もあり、お客様に実際に叩いて頂くことができます。
                              (現地説明板より)

からくり人形がコンピュータで敲きます。

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太鼓の胴を作る様子

からくり人形

からくり人形師・萬屋仁兵衛の心が生きている

 平成の祭屋台のからくり人形には、からくり人形師 萬屋仁兵衛の”心”が生きています。
  江戸時代の町人の遊び心と、職人の技への挑戦が一つに溶けあった、からくり人形。 からくり人形師、萬屋仁兵衛は、その高い技術と誇りを後世に伝えようと努めました。
  萬屋仁兵衛は、2年かけて構想を考え編曲し、最後の仕上げの彩色をするばかりのところで亡くなりました。 
 つまりこのからくり人形が最後の仕事となったわけです。 
 坂田近時の活躍を描いた金時台と、長寿を願うおめでたい福寿台の寿老人など、それぞれ人形三体がコンピューター操作で、 エアーシリンダーとモーター仕掛けでからくり人形が動くようになっています。
  神楽台の場合は、神楽人形五体のうち二体がコンピューター制御で、笛や太鼓の祭り囃子に合わせて動くようになっています。
                (「まつりの森HPより)

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 (画像は「まつりの森HPから)